レシピが産まれる思考過程、第3回
No.3[甲州ワインビーフのミスジのロースト 焦がし松葉風味]
前回では、松葉のブイヨンでポッシェしたスズキについて書いた。 松葉のブイヨンに手応えを感じたことで、僕はさらに実験を続けた。
炙り器という、上火で食材を炙り焼く機械がある。
松葉を焦がしてゆくことでどうなるか?を試してみた。
松葉を焦がしてゆくと、煙とともに香りが裁ち出した。
それは、ほぼお線香の匂いだった。
お寺で使われるお線香は杉葉線香と呼ばれ、杉の葉を使っているそうだ。
松の葉を焦がすと、似たような香りがするのは、それぞれのヤニの成分のせいだろうか。
お線香の匂いが食欲を呼び起こすだろうか?
自問自答してみる。
ローズマリーというハーブがある。
フレンチではポピュラーだが、
香り強く使い方を間違えるとえらいことになってしまう要注意のハーブだ。 仔羊など脂の香りの強いものに使われる。
このローズマリーと松の葉の匂いは、同系統に思える。
2000年代前半に、世界一予約のとれない店といわれた、
スペインのエルブジという前衛的料理のレストランのスペシャリテで、
ローズマリーの香りを嗅いでから、手長海老を食べるというものがあった。 直接合わせると強すぎるので、香りだけ使うという前衛的な料理だった。
香りを上手に組み合わせれば、松の葉もいけるかもしれない。
ある程度しっかりした味の食材があうと思うので、甲州ワインビーフを使ってみよう。
まずは軽く燻してみるが、ちょうどいい具合に香りがつかない。
ならばと、焦がした葉をまぶすという、直接的な方法を試すことにした。
この場合、焦がした葉の食感。そして咀嚼、
または嚥下した時に香りが段階的に体感できるという利点がある。
問題は、 1)あの硬い葉をどう食べれる状態にするか? 2)どのくらい焦がすか?
の2つ。
試行錯誤して、適切な大きさと焦がし具合を探し出した。
ソースはどうするか? 設計としては、いらないと判断した。
香りがしっかりしている場合は、味を重ねすぎないほうが、松を使う意味が明確になるからだ。
また松葉の苦味は、牛肉の味を広げてくれる。 苦味や酸味は上手にバランスをとると、味わいが深くなる。
逆に、旨みや甘味、塩味は、「美味しい」を引き出しやすいパワフルな要素だけど、
度がすぎると薄っぺらくなる。
味覚は、個人差があるから、このバランスを探すのが、本当に難しい。
今回の料理は苦味を強めにしたから、付け合わせは、りんごのピューレや軽くオーブンで乾かして甘味を強めた黒イチジクなどジューシーなものにしてみた。
こうして、甲州ワインビーフのミスジのロースト 焦がし松葉風味はデビューした。
ちなみに、このメニューは寒い時期にしかできない。
暑くなると、松葉のヤニ分が減るのか、焦がしても味がでてこなくて、設計どうりの味覚構造になってくれなかったのである。 森の天然食材は、本当にいろいろなことを観察していかないといけない。
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